“Canon (カノン)  『音での10のお題』より

 

 
 日に日に晩秋の気配、色濃くなりて。北欧の城を模したそれか、石作りの荘厳な拵えの学舎・校舎にも、取り巻く木立ちの紅葉があでやかな彩りを添える。三連の大鐘楼まで備えた大聖堂が、夕陽の茜でセピア色に染まり始める頃合いになれば、一日の授業を終えた生徒たちが、帰宅の途につくべく校舎から吐き出され。部活に勤しむ面々は、敷地内にあるそれぞれの部室や練習先、クラブハウスへと急ぎ足となる。品格も大事とされる校風ゆえ、そうそうにぎやかに騒ぐ生徒はいないが、それでも高校生の集う学び舎だけに、溌剌とした活気に満ちており。奥まった校舎の音楽室からだろか、女子の斉唱が聞こえて来。それへかぶさって華やいだ笑い声が通り過ぎてゆくのへ、ついのこととて口許がほころんだのは、

 『ヒタキかヒバリの鳴き声みてぇだ。』

 先日、街で逢ったおり、やはり軽やかな笑い声が間近で立ったのへ、ちょいと予想外ながら、そんな言いようをした恋人さんだったのを思い出したから。うっせぇなと眉をしかめるかと思ったら、豈
あにはからんや、そんな優しい例えが飛び出したので、
『…ヨウイチ、何か嬉しいことでもあったの?』
 何に浮かれているのかを知りたくなって、探りを入れるのももどかしく、本人へ直接訊いたほど。そしたら…自分でも気づいてなかったか、切れ長の眸を限界まで見開いてのキョトンとしてから、
『さてな。////////
 誤魔化すようにお耳の先が赤くなった。なんで赤くなったのか、そこまで判らないほど無粋じゃないし、ゴメンね自惚れさせて下さいと思ったのは。こちらからの視線に耐えかねたように、ふいとそっぽを向いた所作が、何とも言えず可愛かったから…vv

 “そういや、そろそろクリスマスのプレゼントも考えなきゃだ。”

 …なんてなことを思いつつ、内心でやに下がってた、某 桜庭春人くんだったのだけれども。そんな彼へと、いやさ、校庭へと出かかっていた生徒たちの耳へと清
さやかに届いたものがある。時折吹きつける無情の北風や、放課を知らせる鐘の音ではなく、早い夕暮れへと向かい、橙色が滲み始めた晩秋のつれない空気の中を流れゆく、それはそれは妙なる音色。
「あら。」
「これって。」
 繊細なタッチで奏でられている、紛れもないピアノの音色であり。亜麻色の髪の乙女に始まり、ベートーベンのポロネーズへと移行した旋律は、聴いた者の気持ちまで浮き立たせるような軽やかさ。
「そういえば、前にも聞こえて来たのよね。」
「そうそう。でも、音楽室や聖堂で弾いてたんじゃあなかったって。」
「そもそも誰が弾いてるのかしらねぇ。」
 音楽担当の教授のどなたかかしら。それはないでしょう、どの先生もコーラス部や器楽部の顧問をなさっておいでだもの。そんな取り沙汰を背後に聞きつつ、

 「〜〜〜〜〜っ。////////

 誰かさんのかっちりした肩がぎゅむと縮み込んだのは言うまでもなく。表面上は何でもない風を装いながら、こういうときに芸能人だってのが役立とうとはと、内心では歯軋りしかねぬ焦りと憤懣に煽られつつ。幅のあるストライドを利用して、そうは見えないように取り繕いながら…されど立派な急ぎ足にて。ちょっとした国定公園並みの広さがある、校舎裏の庭園へと向けて、たかたか歩き出したアイドルさんだったりするのである。





 例えるなら、そこだけ時間の流れから切り抜かれた場所のような。ここが高校の敷地の中とは思えない、外務省関係の来賓迎賓施設のような荘厳華麗な趣きをたたえた一角が、校舎の裏手、先生方のおわす教授棟の傍らにあって。温室や野外音楽堂のような石舞台やら、それらをつなぐ遊歩道とそれから。四季折々の花々が瑞々しくも咲き乱れる緑地帯が、これらは旧の施設の物ばかりだそうだけれど、今でもOBの方々の寄付により、維持存続され続けており。春には桜、それからツツジにばらにアジサイ。馬酔木の大木の傍らには藤棚もあり、夏はシャクナゲとユリの群生が青空に映えての鮮やかに。秋は茶室の傍らに植えられた楓の紅蓮やイチョウの並木の金色が風に揺れ、曼珠沙華が土手を真っ赤にする。今年はいつまでも暑かったからだろか、サザンカが随分と早くに咲き始め、その代わりに紅葉が遅く。今やっと、楓が緑と黄色と橙に赤、見事なグラディエーションを見せている頃合いなのだが…そういった自然からのご挨拶へと意識を振り向ける暇もないまま。ここまで来たら遠慮は要らぬとばかり、勇ましいほどの全力疾走で、下生えの芝草を蹴立てん勢い。ある意味での一目散に、とある施設へ目がけて走り続けている桜庭で。先に挙げたる音楽堂やら温室やらは、創立以来の古い施設なせいか、明治の洋建築、大正浪漫などなどと銘打ってもいいような、どこかデカダン、もしくはアールヌーボー調な様式が見受けられ。温室はまるで、ガレかミュシャの意匠を元に作ったガラス張りの鳥籠のような、何とも美々たる外観をしており。故意に太い溶接で固定したものだろう大窓の縁はどれも、唐草を思わせる丸々と優美な曲線を成し、足元の土台部分から迫り上がったレンガの上を、キッチュなラインで縁取っている。そんな麗しい窓を額縁のようにして望める内部には、この温室専属の庭師の方が丹精している、鉢植えやら植木、花壇の花々が可憐な姿を見せており、もう少ししたら…有力OBの方々へ節季の挨拶とともに送られる、シクラメンの鉢が並ぶはず。そんな空間の只中に、もしかしたらば目の錯覚かと思わせる存在が同居している。これもちょいと時代がかったアンティーク調の、ピアノというよりチェンバロとかいうタイプのものを思わせる、古風なデザインの鍵盤楽器。晩秋の午後の柔らかな陽を浴びた存在が、白に限りなく近いシルバーグレイの詰襟制服の肩や背を暖めながら、伏し目がちになって優雅な旋律を奏で続けているのだが。

 “…何もこの場所の、そのピアノでなくたって良いだろに。”

 ソフトな印象の美形という見かけによらず、根っからバリバリのスポーツ少年だったゆえ。本来だったら此処のさまざまな由来など全く知らぬまま卒業したかもしれないはずの桜庭が、花の名前や四季折々のラインナップのことなどなどを知ることとなった原因様が。こちらも猫脚の装飾も麗しい、幅のある椅子に腰掛けて、それはそれは軽やかな指さばきを見せておいで。いつの間にか曲はリストの何とかというそれへ変わっており。だが、先日はラスマニノフを弾いていたくせに、桜庭が題名はと訊くと“何だそれは何処のグローブメーカーだ”ととんちんかんなことを言っていた彼こそは、

 「………進。」

 ぽろん、最後の一音を置いたところで声をかければ、ハッと我に返っての顔を上げたは、王城ホワイトナイツが世界に誇る最強完璧プレイヤー、高校最速ラインバッカーの進清十郎くんその人で。
「桜庭?」
 こんなところで何をしていると言いたげなお顔になっているのもいつもと同じ。お顔をこちらへ向けたまま、ピアノの鍵盤の蓋を閉じようとしたのへと、飛びつくように駆け寄って、
「ははは話があるから、外へ出ないか?」
「? ああ、構わんが。」
 何をそんな焦っているのだろうかという、微かながらも不審げな顔になってしまったチームメイトへ、
“意識が戻って来た途端、いつものアレが出るからなぁ。”
 先だっての折にも、蓋の内側についている譜面立てをばっきりと、蝶番のところから折ってしまった前科者。修理費だけでも相当かかるし、何と言っても、
“プレミアつきの希少品なんだぞ、まったくもうっ!”
 学校の備品たちを…化学実験の試験管やフラスコ、顕微鏡に始まって、PCから液晶大型テレビから、LL教室のリンガフォン設備から、触れる片っ端から壊しまくって来た破壊神。そんなクラッシャー様が、やるに事欠いて修復自体が大変な物へ手ぇ出してどうするかと、追い立てるように立ち上がらせての温室の外へと連れ出して、

 「で? 今度は何してセナくんを怒らせたの?」

 陽だまりには椿の茂み。つややかな葉を風に揺らしてさわさわと囁き合う。唐突な訊きようをされ、
「………。」
 すぐには何とも答えなかった偉丈夫さんだったが、

 「そうか。気づかれていたのか。」

 心持ち視線を落とすと、しみじみとした声になる。
「やはり顔に出ていたのだな。不甲斐ないことだ。」
「何言ってんの。大切な人のことだもの、隠し通せるはずないでしょう?」
 むしろ、話してくれないなんて水臭いってもんだと、悩みを抱えたお友達とそれへの語りかけには無難な言いようが交わされているものの。これを目撃した人がもしかしていたならば、そしてそれが彼らのクラスメートあたりだったりしたりなば。それが誰であれ、一斉に顔の脇あたりで立てた手を振り、いやいやいやいや、何を言ってますやらと大きく否定しての、関西で言うところのツッコミを入れまくったに違いない。進清十郎といや、並大抵のことでは動じぬ驚異の16歳であり、むしろそんな彼自身の言動に周囲が慌てふためかされるのが常であり。よって顔に何かしら感情が出るような御仁ではないし、動揺するネタの存在自体、彼にあるのかそんなものと、周囲の人々は信じないに違いなく。事実、今の今 桜庭がずばりと指摘したものの、それ以外の人々には平生の彼とどう違うのかやはり見分けは困難だったに違いない。ただ、

 “これに限っては“見分け”とは微妙に違うんだけどもね。”

 総務課の職員さんたちには今のところは朗報かもしれないこと。この、触れるもの皆、破壊し尽くす、どっかの戦隊ものの主題歌に敵キャラとして謳われそうな破壊神様が、我を忘れることでその御手から力を抜いてしまっての、何へでもそりゃあ優しい扱いを見せる精神状態を招く要素が最近出来た。本来だったら手加減がますます利かなくなるところなのだろに、そこのところも常識と違うのか清十郎、気もそぞろになり、物思いに沈んでしまうと、行動のほうへの力が入り切らないらしくって。

 “まあ…これまでの進に、
  そうまで頭を占めちゃう存在ってのが現れなかったからでもあるんだろうけど。”

 あまりに桁外れなレベルの、体力と精神力の強さを持つがゆえ。驕ることなく鍛練に取り組み、自分を強くすることにだけ向き合ってた彼は、孤高を進んで選んだようなもの、周囲との同調もさほど必要とはせずにいた。よって、誰ぞの顔色を窺うなんてやってみたこともなかったのだろうし、そのせいで取っ付きにくいと遠巻きにされること、ちゃんと気づいてた上で享受していた節さえある。そんな彼が、恐らくは生まれて初めて関心を持ち、固執した存在が…あまりに可憐で利他的な子でもあったのは。これまでの遅れを取り戻しなさいとする神様からの采配か、それとも悪魔の悪戯か。………後者かもねぇ、実際の話。
(苦笑)

 「どうしたのサ。大会中は連絡し合わないって約束してたんでしょう?」
 「…。(頷)」
 「だってのに、今日に限ってそんなでいるなんて。あ、さてはメールかな?」
 「〜〜〜。」
 「何だよ、まさか携帯壊したとか短縮メモリー消しちゃったとか?」
 「…。(否)」

 ただぼんやりしているだけならば、フィールドに入ればふっ切れる程度のそれだから、案じてやることもないレベル。先に注意したのを忘れ去り、しばらくほどは触らなかったから無事だった備品の数々をあれこれと壊しまくるのは…迷惑には違いないが、こらこらとあらためて言い聞かせての、自覚させればふっつりと止まる程度のそれなのだが。練習前にふらふらっと此処までやって来て、OBからの寄贈品だという話の骨董品、年代物のピアノに歩み寄り、何も考えぬまま鍵盤を弾いての奏で始めるというのは結構重症だったりするそれだという、彼の奇行への絶妙な見分けまで身につけちゃった桜庭くんとしては。他の生徒のように屈託なくうっとりしている訳にもいかず、そうかと言って…ピアノ様の一大事とすっ飛んで来かねぬ総務課の方々相手に“この状態の進は心配要らないんですよ”なんていう裏書を、恥ずかしながらと暴露する訳にもいかずで、

 “世話が焼けるったら。”

 苦笑交じりに“さあどうやって聞き出しましょうかねぇ”と、心の中で腕まくりするアイドルさんだが、そのお顔が妙に…嬉しそうなのは。完璧だ最強だと言われているこの彼が、実は実は恋心に翻弄されてる哀れな青少年なところも持ってて、なんだ自分と代わらないんじゃないのと嬉しくなるからなのかも知れず。秋の短い夕暮れが始まるまでには、何とか聞き出してやるべぇと、この件に関しては頼もしくなりつつある桜庭くんだったりするようで。





  ◇  ◇  ◇



 【 で? 結局のところ、いつものあれか。】
 「そ。セナくんのお人よしなトコにイラッとしちゃったらしい。」
 【 そんなもん、言ってたらキリねぇのにな。】
 「だよねぇ。第一、最初のころはそういう謙虚なところも好きだったくせにサ。」
 【 ば〜か。】
 「何だよ。」
 【 今更好みが変わった訳じゃねぇ。】
 「? 何それ?」
 【 だから。そういうとこが好きだってのには違いないが、
  そんなチビがそこんとこを
  何処の馬の骨か知らん奴から良いようにあしらわれんのが、
  むかむかと気に入らねぇんだよ、きっと。】
 「あ、そかそか。」

 好きな人が出来ると、その人をもっともっと知りたくなって。それと同時、自分のことも知ってほしくなるのは我儘かしら。あなたが一番な僕と同じに、自分をあなたの中の一番にしてほしいと思うのは強欲かしら。

 【 ま。嫌われんのを恐れずに、
   自己主張出来るようになったってのは、大進歩ではあろうがな。】
 「…うん。そうだね。」
 【 今、妙な沈黙が挟まらんかったか?】
 「え? 何の話?」

 白々しくも誤魔化すと、ちゃきりと撃鉄を引き起こす音が携帯越しに聞こえてくる。いや、だからあのさ、

 「ヨウイチから嫌われちゃったら、僕、生きてけないかもって思ったから。」
 【 ……………。/////////


  なになにどうしたの? 急に返事が途切れたけれど。

  うっせぇなっ!/////////
  どうしてお前はそうやって、
  歯が浮きそうなことをしゃあしゃあとっ!/////////


 どっちにしても機関銃が打ち鳴らされはしたようで。秘めてるつもりでも、表には出すまいとしたつもりが何処からか溢れてしまうのは。心のどこかで繰り返される、愛しい人の名を紡ぐ声が途切れぬから。さあ、明日はセナくんの方へも様子見に行かなきゃねと、楽しそうに微笑う声へ。ああと応じつつ…愛惜しい奏でとして聞き入る誰かさんの頬が赤いのは、派手に打ち鳴らしたモデルガン操射で鬱憤晴らしが出来たからってだけじゃないようで。まったくもって、どちらさんも晩秋の隙間から忍び寄る冬の気配なんて関係ないらしい、ほかほか暖ったかな日々をお過ごしのご様子。それでもお体にはご自愛くださいますようにvv 暖かくしておやすみなさい…。







  〜Fine〜  07.11.21.〜11.22.


  *11月22日、今日は“いい夫婦”の日だそうで。
   妙な話が妙な日にアップとなりました。(あははvv)
   これの前のお話の舞台裏、
   随分と出遅れましたが、これでこのお題シリーズはコンプリートでっすvv

  *最後のオチ、実はアドニス設定で書こうかとさんざん迷ったのですが、
   (高見さんが
    『桜庭が進のことを愚痴るのは、蛭魔とうまく行ってない時だけでしょ?』
    と図星を刺す。)
   となると…お兄様へ怒りを覚えたことって、
   そういやセナくんには あんのかしらという問題が浮上し、
   そっちへの辻褄が合わなくなるので諦めました。
   アドニスの方だと、
   高見さんと若菜ちゃんの間柄にも触れられたのですけれどもね。
   まま、どちら様もやってなさいってトコでしょか。(苦笑)

  *本誌の方では、何ですかドえらいことになってるそうで。
   桜庭くんがスタンドで卒倒してたり、
   葉柱さんが金属バット引っ提げてお礼参りに行かないことを祈ります。
   返り討ちに遭いますってと、
   カメレオンズ全員総動員で引き留めるの図が浮かぶ…のもまた、
   悲しい話ではありますが。(おいおい)

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